【30秒で過食記録をつける】お手軽なのに後からジワジワ効いてくる方法

ノート

この方法の自己評価
効果
(4.0)
手軽さ
(5.0)
経済的
(5.0)

1日30秒あればできます!記録するのは病院などでよく薦められる食事記録や日記ではなく独自の方法です。

  目次

記録する項目と方法は?

下記6項目のうち、①から優先的に記録します。

基本は①と②だけ、余裕があれば③〜⑥で気になるものを追加、という感じで。

① 過食をした日と回数
② 女性は生理の日
③ 排便の有無
④ 気分(5段階で悪1〜良5など)
⑤ 睡眠時間
⑥ 天気、気温

過食と関係ありそうな独自の項目を追加しても構いません。

私は、運動した日など色々と項目を増やした時期もありましたが、最終的に①と②のみを記録するようになりました。

大事なのは、数年間、毎日続けられるくらい手間がかからないことです。

方法は何でもOK!カレンダーや手帳にちゃちゃっと記入、ノートにメモ書き、アプリで入力、エクセル表を作成するなど。

ただし、後でザっと見返せる状態になっていることが必要です。

ヤマー

その日の予定と見比べれられるのでカレンダーや手帳はオススメです。

なぜ記録をつけるの?記録から見えてくるもの

これらの項目を記録するのは、自分が過食するタイミングを見つけるための情報収集です。

記録をすることで過食パターンが分かることがあります。

例えば、嫌な予定があった時、生理前の情緒不安定な時期、便秘続きでお腹が張った時、夜になると増えるなど、過食につながる出来事が何か見えてきませんか?

今日の過食だけに注目せず、1ヶ月、1年と視野を広げてみてください。

何らかの傾向や規則性が見つかりませんか?

ヤマー

自分のパターンを見つけるには、記録が手軽に続けられること、後で簡単に見返せることが大切なのです。

過食パターンが分かれば治る?長い目で見よう

残念ながらこの方法に即効性なく、記録をつけたからといってすぐに治るわけではありません。

でも、私にとっては長い目で見れば治るきっかけの1つだったと考えています。

何年も記録をつけた結果、私の過食パターンは「季節性がある」ということが分かりました。

この発見が意味することは、冬に過食がひどくて辛くても、夏になれば減って楽になることが分かっているということ。

今は最悪の状態でも、安心感や希望が持てるということです。

ヤマー

記録は自分の過食を客観的に見るだけでなく、精神的な安定にもつながります。

私の過食パターンと記録例

私は2013年~現在も記録を続けています。

記録をつけ始めて2年たった頃、意外にも私の過食は季節に左右されていることが分かりました。

暑い時期に過食が減り、寒くなると増えるというパターン。正確には5月~10月に減り、11月〜4月に増え、1月〜3月が特にひどい。

こうなった理由には思い当たるところがあり、暑いと夏バテ気味で食欲が減りやすく、寒いとどんよりとして気分が沈みやすい傾向があるからです。

このパターンに気づけたことは大きかった!

だって、今が1月でどんなにひどい状況だとしても、5月になれば落ち着くはず!という救いができたのだから。

ヤマー

過食の渦に飲まれながらも、どこか冷静でいられるようになった瞬間でした。

それ以降は季節が巡るたびに「来た来た、あぁまたこのパターンね」という上から目線。

回復には直結しなかったとしても、自分の過食パターンを知ることは精神的にかなり救われます

その精神的な救いが、結果的には過食の減少につながっていくと私は考えています。


◆ 私の記録 ◆

こんな感じで記録していました。

カレンダー
↑ 最初はカレンダーに記入。かなり簡単なメモ書きから始めました。

カレンダー2
↑ その後カレンダーアプリのジョルテに記録。

これがとっても便利!カレンダーの切り替えが可能なので、通常のスケジュールと過食カレンダーの2種類を作って見比べることができます。数年前のデータまで見返せるのでやっぱりデジタルがオススメ!

カレンダー3
↑ 先ほどの4月ではほぼ毎日過食だったのに、5月になって急に落ち着いたのも一目瞭然。

カレンダー4
↑ 排便のあった日、運動した日などを細かくつけていた時期もあります。

補足
「毎日必ず3回過食嘔吐している」というような状況なら、変化がないから記録をつけても意味ない!と思うかもしれません(以前の私がそうでした)。

それでも続けていたら、3回→2回に減ったなど、少しでも変化があった時の比較対象ができて価値あるものになるのではないでしょうか。

まとめ

・過食記録は何年でも続けられるよう簡単な方法で、後で見返せるようにする。
・記録から自分の過食パターンを探す。
・過食パターンが見つかれば客観的かつ精神的な支えになる。

 

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